成長期に入った企業がぶつかる課題の一つに、「スタッフの意思統一をいかに実現するか?」の問題がある。組織が大きくなれば、トップがすべての判断を下すことはできない。組織が目指す方向に合致する判断を、日々の業務の中で、すべての現場スタッフが下せるようにならなければならない。そのためには、「何を目指して仕事をしているのか?」「何を大切にして仕事をしているのか?」という〈理念・価値観〉が、全スタッフに共有される必要がある。
〈理念・価値観〉が共有されないまま組織が拡大していけば、スタッフの判断や行動はどこまでも無秩序になっていく。顧客の不満やスタッフの相互不信がつのり、やがては組織が崩壊しかねない(右図参照)。
組織を拡大し続けながらの〈スタッフの意思統一〉の課題を、WISHパートナーズのクレドマネジメントプログラムの導入で解決している愛知県名古屋市の求人広告代理店、株式会社アクセスの事例を紹介する。
株式会社アクセス
2014年より本社オフィスを構える
ナディアパークビジネスセンタービル
求人広告代理店(リクルートトップパートナー)。本社名古屋市。愛知県内に取引先約2000社。
1990年、代表取締役 津曲 修一郎氏が妻および高校時代の親友と3名で設立。トンカツ屋の2階に借りた狭い事務所からスタートし、3年でスタッフ45人まで急成長。バブル崩壊で億近い借金を抱え、人員を5名まで縮小。7年かけて負債を完済した後、再び成長戦略を打ち出し、2002年2月以降の景気拡大の波に乗り50人体制まで盛り返す。2008年、悪化し始めた求人広告需要に追い打ちをかけるリーマンショックにより、13人体制にまで縮小。2013年頃より再び拡大に転じる。
2016年3月現在、社員40名(営業20名、内勤[総務、庶務、制作、営業アシスタント]20名。20代18名、30代13名、40代6名、50代3名。男女比約3:7)。
目次 |
組織を拡大しながらの〈スタッフの意思統一〉を、クレドで実現
清潔で活気あふれるオフィス
アクセスがクレドマネジメントプログラムを導入したのは、2013年。
導入3年目の昨期(2016年3月期)、取扱高は前期比32%増の9億1,000万円に達し、スタッフ数は前期末の33名から1年で21%増の40名となっている。
クレドと言うと、一般には「PR向けにキレイな言葉を並べただけのもの」という誤った理解がいまだに根強い。組織に関わるあらゆる課題の解決に、クレドが強力な効果を発揮することは、まだ十分知られていない。
もちろん、「クレドらしきもの」を作っただけで組織の問題が解決することはあり得ない。WISHパートナーズのクレドマネジメントプログラムには、次のように、クレドの導入効果を最大化するさまざまな仕掛けが組み込まれている。
クレドマネジメントプログラムに組み込まれたさまざまな仕組み
- 全員が納得して、主体的に取り組めるクレドを制定する仕組み(=トップの理念やビジョンを踏まえ、スタッフ全員で自分たちの「ミッション・ビジョン」と「行動基準」を徹底討論するプログラム)
- クレドに組み込まれる明確で具体的な判断基準・行動基準
- クレドを継続的に実現・継承する仕組み
- クレドを組織やスタッフ一人一人の課題の解決に活用する仕組み
- スタッフ同士の討論を、限られた時間で楽しく効果的に行う仕組み
社員全員の徹底討論から生まれたクレド
アクセスのクレドは、WISHパートナーズの指導の下、社員全員参加の「クレド作成合宿」を経て制定された。
制定されたクレドは、日々の仕事を通じて何を実現しようとしているのかを表現した「ミッション」、全員で目指す会社の将来像を表現した「ビジョン」、そしてミッション・ビジョンを実現するための行動基準を示す「クレドベーシック」22項目から成る。
行動基準である「クレドベーシック」22項目のうち、前半10項目は「お客様に対するお約束」、後半12項目は「一緒に働く仲間との約束」だ。22項目ある「約束」の一つ一つに、社員全員で考えた「具体的な行動」、「その行動をする理由」、「約束を守れたかどうかを判断する基準」が表現されている。
代表取締役の津曲氏は語る。
「経営者の目線で作った経営理念は、既に創業時からあったんです。欲しかったのは、『アクセスらしさ(会社としての価値観)』を社員の目線で明文化して、社員の日常の行動に落とし込んだものでした。ですから、クレド作成合宿で社員たちが討論する間、社長の私は席を外していました。
結果的に社員たちが作り上げたクレドは、私が期待していた以上のものでした」
社員のみなさんは、「クレド作成合宿」をこう振り返る。
「合宿で徹底的に議論できたのがよかったと思います。合宿も後半になると、だんだんみんな疲れてきて、『もうこれでいいじゃん』という空気も出てきたのですが、『みんな本当にこれでいいの? 決まったらこれやるんだよ?』というところから改めて話し合って、最終的には全員が納得して実行できるクレドができました」
(総務・人事 鈴木氏)
「クレドを単なる『いいことが書いてあるだけのもの』にしないための観点や方法を、WISHパートナーズの赤木さんがきちんと指導してくれました。最初に私たちが考えた項目は、気持ちベースというか、『元気に○○します』のような表現ばかりが並んでいました。赤木さんは、『守れたかどうかをきちんと○×で判断できる表現にしたほうがいい』と指摘してくれました。項目ごとに責任者を決めて管理する方法も教えてもらいました。
それからクレド作成合宿のとき、私はまだ入社1年目だったのですが、社歴に関係なく自由に発言できる雰囲気を作ってもらえたことも印象に残っています」
(営業部 中村氏)
「クレドに載せる項目を出し合ったとき、私たちの案は大まかすぎて具体性がなかったり、逆に細かすぎてクレドには向かなかいことが多かったんです。でも赤木さんが『それってつまりどういうことなんだろう?』『それだったらこういうことにもつながるんじゃない?』という感じで筋道を立てて掘り下げてくださったおかげで、私たちが表現したかったことを、限られた時間の中できちんと形にすることができました」
(営業アシスタント 三浦氏)
「自社の強み」を再発見。「会議の生産性」も向上
全社員が参加しての「クレド作成合宿」は、自社の強みや、社員一人一人の「会社への思い」を再発見する契機にもなったという。
「クレドを作る過程で『うちの会社の強み』や『お客様のために何ができるか』を話し合ったとき、一人一人の視点がけっこう違っていたんです。それまで気づかなかった自社の強みに気づいて、お客様に胸を張って言えるようにもなりましたし、一緒に働いていてもわからなった『他の人たちのアクセスへの思い』を知ることもできました」
(営業部 中村氏)
会議の生産性も、「クレド作成合宿」以降、格段に向上した。
「以前はせっかく会議で意見がまとまってきても、社歴の長い方があとから入ってきて反対意見を述べると、それまでの話がすべて振り出しに戻ってしまうことがよくありました。赤木さんが『反対するときは必ず代替案を出す』などの『会議のグランドルール』を決めてくださってからは、会議の進み方が本当にスムーズになりました」
(総務・人事 鈴木氏)
「『クレド作成合宿』で教わった、付箋を使ってみんなの意見を目に見える形にしてまとめていく方法は新鮮でした。社内イベントの話し合いなどでも活用しています」
(営業アシスタント 三浦氏)
「どうすれば感動を与える仕事ができるか?」を、全員が考えている
クレドマネジメントプログラムでは、完成したクレドを、日々の業務で実現していくプロセスも仕組み化されている。
アクセスの場合、毎月1回、火曜日の16時から18時に「クレドミーティング」を設定。毎回クレドベーシックの1項目を選び、「その項目を実現するために考えたことや行ったこと」を共有したり、「その項目を実現する上で、課題になっていることは何か?」「どうすればその課題を解決できるか?」を話し合う場としている。
ミーティングを効果的に進めるための役割分担、時間配分、ルール、雰囲気づくりなどのノウハウは、「クレド作成合宿」で実施されたものがベースとなっている。
クレドベーシックの各項目の理解や実践を共有し合い、実現方法を話し合うミーティングを毎月積み重ねていくことで、組織の意思統一や、課題解決力が向上しているという。
「クレドミーティングは、"日々の仕事で自分たちが何を目指して、何を大切にしているのか"を改めて思い出させてもらう場になっています。個々人が"自分さえ評価されればいい"と考えるのではなく、"どうればお客様に『アクセスってすごいね』って言ってもらえるだろう"と会社全体の立場で考えられるのは、クレドがあるからだと思います」
(営業アシスタント 三浦氏)
「クレドミーティングは、『自分が考えたり工夫したりしたことが、仲間からこんなふうに評価されるんだ』と知る場になっています」
(営業部 中村氏)
部門の垣根が消え、全員で同じゴールを目指せるようになった
一般に成長期の企業では、部署ごとの専門化が進む結果、「互いにどんな仕事をしているのかもわからない」状態になりやすい。このような状態で〈スタッフの意思統一〉を実現することは難しい。
アクセスでは、クレドマネジメントプログラムを導入して以降、〈スタッフの意思統一〉を阻む〈部署の垣根〉が完全に解消したという。
「私が入社した頃は、内勤スタッフは、営業スタッフの手間を増やすような意見や要望を言ってはいけない空気がありました。クレド作成合宿を経たことで、そういう部署間の壁が完全になくなりました。『内勤スタッフには内勤スタッフの立場や事情がある』ということを、営業スタッフが積極的に理解して動いてくれるようになったんです。
たとえばクレドベーシックの『お客様へのお約束』には、『電話は2コール以内に元気な声で明るくとります』という項目があるのですが、以前は『電話は内勤がとるもの』というのが営業スタッフの認識でした。内勤スタッフが全員電話に出られないときでも、営業スタッフは『なんで内勤は出ないんだ?』という顔をしているのが普通でした。今は電話が2コール目まで鳴って誰も出なければ、『内勤さんたちはいま何かあって手が離せないんだな』と営業スタッフが察して、電話をとってくれます。
『電話に2コール以内に出る』というのは1つの象徴です。この項目をクレドに入れてもらえたことで、私たち内勤スタッフも同じゴールを目指すメンバーとして、営業スタッフに対等に意見を言えるようになったことが大きかったです」
(総務・人事 鈴木氏)
オフィスの拡張や拠点の増加とともに、社内全体に目が行き届かせるのが難しくなることも、成長期の企業が抱える課題の一つだ。
アクセスもクレドマネジメントプログラム導入後により広いオフィスに移転し、社内全体に目を行き届かせるのが物理的に難しくなったが、クレドによって社員全員の意識が向上した結果、備品や消耗品の在庫切れなどにも全員が気づいて対応できるようになったという。
「以前は備品や消耗品の在庫が切れていると、『なぜ内勤は気づかなかったんだ?』という感じで、内勤スタッフだけが責められる空気がありました。今はオフィスが広くなって、私たちもすべての引き出しの中まで把握することはできなくなっているのですが、何かの在庫が切れかかっていれば営業スタッフが報告してくれたり、自分で補充してくれたりするようになっています。在庫切れの放置などの問題が見つかったときは、全員の問題として、再発防止策を一緒に考えられるようになっています」
(総務・人事 鈴木氏)
クレドの共有を通じて、新人がチームの一員になる
「新人が次々に入ってきて、仕事の手順を教えるだけで精一杯になる」というのも、成長企業における〈スタッフの意思統一〉が難しくなる原因の一つだ。
アクセスでは、クレドの共有を通じて、新人をスムーズにチームの一員に迎え入れることに成功している。
「私が入社したときはまだクレドがなかったので、入社当初は目の前の仕事の手順を覚えるのに精一杯で、『会社として何を大切にして、何を目指しているのか』とか、『他の人たちがどのような思いで仕事をしているのか』など考えることもありませんでした。
今はクレドがありますし、クレドを定期的に共有する機会も用意されているので、新しく入ってきた人に、こういう『考え』や『気持ち』の部分も含めて伝えることができます」
(営業アシスタント 三浦氏)
「毎月のクレドミーティングは、新しく入ってきた人と落ち着いて話せる貴重な機会になっています。クレドミーティングで話を聞いてはじめて『こんな子だったんだ!』とわかることは多いです」
(総務・人事 鈴木氏)
5Sを極めることでクレドの必要性が浮上
もともとアクセスは、創業以来一貫して〈自立型・自走型〉の組織づくりに取り組んできた会社だった。「前年に入社してくれた人よりさらに優秀な人に入社してもらう」をテーマに社員採用を続け、採用した社員への権限移譲を積極的に進めてきた。業務に関わる課題解決や意思決定などは、可能な限り各部署の責任者に任せる体制を築いてきた。
津曲氏が個人的ミッションとして、「65歳(2028年)までに10人の経営者を育てる」ことを決意してからは、社員にも「下の者を育て上げることで、自分がさらに上の地位に上がること」「自分が上の地位に上がることで、上の者をさらに上の地位に上げること」を明確に意識させている。
社内イベントや宴会も「社員教育の場」と位置づけ、「参加者全員が感動する緻密な企画・段取りができ、自ら判断して率先して行動・気遣いができる人材」を育てる場にしてきた。
こうして〈自立型・自走型〉の組織づくりをかなりの程度まで成功させてきたアクセスで、クレドの必要性が浮上したきっかけは、5S(整理、整頓、清掃、清潔、躾)活動の本格化だったという。
5Sに取り組み始めたきっかけを、代表取締役の津曲氏はこう語る。
「5S活動で狙いとしたのは、品質のさらなる向上でした。私たちの商品である求人広告の品質も、お客様に提供するサービスの品質も、社員が働く環境の品質も、もっと上げていきたかったんです。
品質向上のお手本として、たとえばトヨタのような一流の製造業の会社を見ると、やっぱり『整理、整頓、清掃、清潔、躾』の部分が本当にビシッとしてるんですよ。ひるがえって自分たち広告代理店の業界を見ると、オフィスはどこも乱雑なのが当たり前で、山積みの書類から必要な書類を瞬時に取り出せることがかっこいいと思ってたりする。
こういう整理整頓の部分から製造業に学ぶことで、品質向上のヒントが得られるんじゃないかと睨んでチャレンジすることにしたのが、5Sの始まりでした。
目標としては、『日本一かっこいい広告代理店』として認知されるところまで、5Sを極めようと考えました。『名古屋にアクセスという広告代理店があって、5Sを極めている。サービス業で5Sをやるなら、トヨタの工場を見に行くよりあそこを見に行ったほうがいい』と、日本中の経営者や5S担当者から言われるイメージです」
5Sに本格的に取り組むことが、なぜクレドの必要性を認識するきっかけになったのだろうか。
津曲社長は言う。
「5Sというのは表面的には物が整理・整頓されたり、職場の清掃・清潔が保たれたりということなんですけど、それはあくまで目に見える部分であり、出発点に過ぎないんですよ。物の整理・整頓にしても、職場の清掃・清潔にしても、人の習慣だとか躾だとか、目に見えない思考だとか心遣いの支えがあって実現されるものです。
5Sのルールがまがりなりにも機能し始めて、物の整理・整頓や職場の清掃・清潔の水準が上がってくると、お客様への対応だとか、いろいろな習慣だとか、会社に関わるすべてのことが、同じ水準で気になりだしてきます。
だからこそ5Sに取り込むことで、商品、サービス、職場環境のすべての品質が向上するんですね。
それで5S活動が2年目に入り、自分たちの習慣や躾の向上にまで社員の目が向き始めたとき、『アクセスらしいとはどういうことなのか』、『自分たちはどういうことを大切にしているのか』という、組織としての理念や価値観のようなものが自然に浮かび上がってきて、浮かび上がってきた理念や価値観を明文化して共有したいという意欲が、社員たちの間に湧き起こってきたんです」
「当たり前だからこそ共有されていなかった大切なこと」が、明確に共有されるようになった
(写真左から)代表取締役 津曲氏、営業部 中村氏、営業アシスタント 三浦氏、総務・人事 鈴木氏、WISHパートナーズ 赤木
クレドが導入された効果を、津曲社長は次のように評価する。
「どの部署にも、どの仕事にも、『こんなことは言わなくても当たり前』ということがたくさんあって、そういうことは"当たり前"だからこそ大切で、"当たり前"だからこそ、きちんと言葉にして共有されてこなかったんです。
そういう、"当たり前"だからこそ共有されていなかった大切なことが、明文化されて共有されたことが大きいですね」
"当たり前"だからこそ共有されていなかった〈理念・価値観〉がクレドで共有され、毎月のクレドミーティングを通じて日々の具体的な業務に具現化する仕組みが整った今、業務に関わる課題解決や意思決定などは、各部署の責任者にほぼ完全に任せられるようになったと言う。
「業務についても社内活動についても、社員たちがクレドをベースに主体的に決断・実行してくれるので、社長の私は経営戦略に関わる仕事に注力できます。各部署・各委員会との打ち合わせが集中する毎期末の3カ月を除いては、私が毎日会社に顔を出さなくても支障はない状況です。海外で開催されるカンファレンスの視察などで、1週間以上会社を留守にすることもザラにあります」
「顧客満足」と「社員満足」を一番いい形で両立できるのがクレド
最後に、クレドの導入を検討している企業の方へのアドバイスを、津曲社長にうかがった。
「今は社員満足が顧客満足と一体化してきていますよね。顧客満足だけでなく社員満足も上がらなければ、経営が立ちいかなくなる時代です。クレドを導入することで、顧客満足と社員満足を一番いい形で両立させる土台を築けると思います。
設立からある程度年数が経っていて、社員が20人以上の会社なら、クレドは絶対に導入したほうがいいと思います。社員が10人になったら経営理念。20人になったらクレド。この2つを確定することで、組織としての迷いがなくなるはずです。
導入1年目はとりあえずクレドをつくること自体が研修で、2年目で変化が見え始めて、3年目でなんとか形になるくらいかもしれません。うちもそうでした。回り道のようですが、やはり組織としてのセルフイメージや価値観の部分を一度しっかり明文化して共有することが、結局は一番の近道になると思います」
※ 取材日:2016年3月
※ 株式会社アクセスのWebサイト
※ 取材・制作:カスタマワイズ